2008年 03月 31日

買収防衛策導入から3年 経営陣の保身見え隠れ

買収防衛策の導入が日本でスタートして丸3年。昨夏、最高裁も初判断を示し、6月総会を前に多くの企業で導入の是非などを巡り最後の検討が進む。防衛策の現状と展望を探った。
 (中略)
わが国での防衛策導入に拍車をかけた経済産業省「企業価値研究会」は米国モデルとした。20年以上前、普及が始まった米国の防衛策は現在、株主のために取締役会が買収価格を引き上げる交渉ツールとして機能している。
かたや、日本の経営者は経営権の移動を阻止する=地位を保全する役割を防衛策に期待しているようだ。実情に詳しいある識者は「従業員、会社を守るためだという経営者と話し込むと、自分のポストを死守するという本音が透けてみえる」と話す。背景にはわが国のサラリーマン社長の報酬が米国の敏腕経営者に比べ低いこと、社長が転職する経営者市場が未成熟なことが考えられるという。

(2008年3月31日 日本経済新聞 19面 法務インサイド)


【CFOならこう読む】

買収防衛策は、核爆弾同様、抑止力として利用するものであって、決して使用してはいけないものです。ところが日本の企業は、これを使用することを前提に考えるから、買収者に金銭的な保障をするとか、発動の際に株主の同意が必要とか、おかしな議論になるのです。

株主が買収の可否について判断できるだけの十分な時間と情報が開示されるなら、むしろ買収防衛策の導入は容認されない、という位の法的手当てが必要であると私は思います。特に従業員(=経営者)主権とも言うべき日本の上場企業では、組織の安定が優先されるに決まっています。

良くも悪くも組織に大きな変革を強いることになる敵対的買収を、企業価値が増大するなどという神の世界の論理で納得することなど到底できないのです。しかし良い買収は企業価値を増大させ、その結果社会全体の富を創造します。また買収の脅威は経営者への規律付け効果を生じます。ですから良い買収が経営者(=従業員)の裁量で排除されることは、法的に回避される手当てが必要だと私は思うのです。
ところで記事はこれを経営者の保身という趣旨で書いていますが、私はこれは違うと思います。

昨年10月6日に紹介した「歴史の終わり」(フランシス・フクヤマ著 三笠書房)という本の中の次の文章を再度引用します。
「たとえば、日本の文化は(東アジアの他の多くの国々と同様)個人よりも集団志向が強い。この集団は、家族というもっとも身近な最小単位からはじまり、躾や教育によって確立されるさまざまな師弟関係を通じて広がり、勤務先の会社、そしてさらには日本文化にとっていかなる意味においても最大の集団、国家にまでいたる。ある個人のアイデンティティは、まったくといっていいほど集団のアイデンティティに押し殺されている。彼は自分の目先の利益のために働くのではなく、自分が所属している集団や、あるいはもっと大きな集団の福利のために働くのだ。」

「こういう集団への一体化こそが、日本の大企業の一定部分にも採用され効果を発揮している半永久的な終身雇用のような慣行を生み出しているのだ。西欧の自由主義経済の教訓からすれば、終身雇用は被雇用者に安心感を与えすぎることによって経済効率を損ねてしまうはずである。」

「ところが日本文化のなかに育まれた集団意識の現状からいえば、会社が社員に示す家族主義的な温情に報いるため、社員の側は涙ぐましい努力を払い、自分自身の利益はもとより、いっそう大きな組織の栄光と名声のためにも働くことになる。」
経営者も従業員も会社という名の集団に殉ずる者達であり、”原理原則”を押し付けたところで何も変わらないのです。これを変えるのは”法の力”しかないと私は思うのです。

【リンク】

歴史の終わり〈上〉歴史の「終点」に立つ最後の人間
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by yasukiyoshi | 2008-03-31 10:12 | 買収防衛策


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