吉永康樹の CFOのための読みほぐしニュース

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2008年 08月 12日

キャッシュリッチは悪か?

企業の余剰資金がM&Aや新規事業にあふれ出し始めた。第一三共がインド製薬最大手を買収し、キリンホールディングスは3000億円の買収資金を用意。ソニーは650億円で米ソニー・BMGミュージックエンタテインメントを完全子会社化する…。目に付く動きの背景には増益が続き、企業の手元資金が60兆円規模にまで積み上がっていたことがある。投資家にとかく批判される「キャッシュリッチ企業」が面白くなってきたのだ。
(日経ヴェリタス 2008年8月10日 1面)
【CFOならこう読む】
以下の表は東証1部(時価総額1000億円以上)を対象に、「ネットキャッシュ比率」により上位10社を並べたものです。

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日経ヴェリタスは、キャッシュリッチ上位50社について調べた結果、ROEについては東証1部平均6%に対し12.5%、株価についても2006年末から今年7月29日までの騰落率でキャッシュリッチ上位50社時価総額加重平均がTOPIXを70ポイント超上回っていることを指摘し、キャッシュリッチ企業に優等生が多いと結論付けています。

確かに儲かっているからこそキャッシュリッチになっているわけで、キャッシュリッチ企業が他と比べてROEでも株価でも勝っているのは当然と言えます。重要なのは、キャッシュリッチ企業がさらに企業価値を創造するには何をすべきかという視点です。

記事には、「不要なキャッシュはROEの引き下げ要因とされるが、より大事なのは事業の利益成長性ともいえそうだ」と書かれていますが、この指摘は本質を捉えていません。以下、その理由を説明します。

「一定成長配当割引モデルを用いると、株式の価値は次のように表されます。

P= D1/r-g = D0(1+g)/r-g
ただし、P=株式の理論価格
      Dt=t期の配当の期待値
      r=株主の期待収益率(株主資本コスト)
      g=配当の期待成長率

ここで、前期の配当(D0)はすでに決まっているので、株価を決定するのは、その他の2変数(r, g)と考えることができます。このうち、株式の期待収益率rは企業の事業リスクや財務リスクに基づいて資本市場で決定されると考えられます。 次に、配当の期待成長率gは次の内部成長率(増資なしに達成できる1株当たり利益の成長率)の式によって決まると考えられます。

 g=ROE・(1-d)
 ただし、ROE=株主資本税引後当期利益率
   d=配当性向

内部成長率を決定する変数のうち、配当性向は長期的には大きく変わらないとすれば、高い水準のROEを維持することが利益・配当の成長のために重要になります。一定成長モデルと内部成長率の考え方を前提とすれば、ROEが高ければ株価が高くなるという関係が成立します。

ここで、この成長率の算式は毎期獲得される利益がROEの利益率で事業に再投資されることを前提としていることに注意が必要です。キャッシュをキャッシュのまま保有していてもリターンが得られないので、その分成長が阻害されることになります。この点は非常に重要です。」

つまり不要なキャッシュを保有することが、成長を阻害するのです。

ただし、この判断は中長期的な視点で行われるべきです。今どれだけキャッシュを貯めこんでいても、中長期的にこの使い道が決まっていれば基本的に問題ないと言えます。

この点、日経ヴェリタス5面のさわかみ投信社長の沢上篤人氏の話がとても的を得ていると思うので紹介します。
「肝心なのは経営者が計画的にキャッシュを蓄え、意図的に使うという長期の観点だ。自己資金が豊富にあれば、たとえ現在のように金融不安や景気悪化で金を借りにくくなったとしてもへっちゃら。競争相手が動けないときに、設備投資なり企業買収なり、機動的に次の手を打てる。そんなキャッシュリッチが真に強い企業だ。
世界的に機関投資家による株式保有が進み、外資系ファンドを中心にキャッシュ保有が非効率という声が強いが、少し違うのではないか。確かに成長の意欲も見込みもない企業は株主に還元すればいい。でもファンドの狙いは短期的な利益。企業は本来、10年単位でキャッシュ戦略を考えるべきで、そうであれば金をためたっていい。

[中略]

日本では長らく間接金融の下、さほど苦もなく銀行からの借り入れが可能だったのでキャッシュマネジメントなど考えるまでもなかった。その時代を引きずり、突然、ファンドから圧力を受けて慌てる企業も少なくない。追い込まれて無関係な事業に金を使ってしまうことだってある。
一方で、バブル崩壊後、銀行に頼れなくなったことで自律的に資金計画を考えるよう変わりつつある企業も多い。ここ数年はキャッシュも蓄積してきた。問題はこれからだ。金をどう使うかによって、永続的に成長できる企業と、そうでない企業に、はっきりと分かれていくだろう。」
(日経ヴェリタス 2008年8月10日 1面)
注:当ブログは、筆者の個人的な見解を書き記しているもので、筆者が所属する法人の見解ではありません。また、記事は、CFOが自己の業務の参考となるケースを提供するために書かれており、情報の正確性・完全性について保証するものではありません。従って情報の正確性・完全性に起因して発生した損害について、筆者及び筆者が所属する団体はその責を負うものではないことにご注意ください。

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 なし

by yasukiyoshi | 2008-08-12 09:49 | 業績評価


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